京都半導体産業振興フォーラム講演録

京都半導体産業振興フォーラム         

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「半導体産業の展望と京都の可能性」開催 講演録

開催日時:2024年3月13日(水)15時~17時
開催場所:京都リサーチパーク 西地区4号館B1F「バズホール」
基調講演:「パワー半導体SiCのこれまでとこれから」
京都大学 名誉教授(工学博士)    松波 弘之 氏
パネルディスカッション:「半導体産業の展望と京都の可能性」
・モデレータ   公益財団法人京都高度技術研究所 理事長         西本 清一 氏
・パネリスト   京都電気機器株式会社 代表取締役社長          小西 秀人 氏
サムコ株式会社 代表取締役会長 兼 CEO     辻 理 氏
株式会社SCREENホールディングス
代表取締役 取締役社長 最高経営責任者(CEO)  廣江 敏朗 氏

基調講演:「パワー半導体SiCのこれまでとこれから」  京都大学 名誉教授(工学博士) 松波 弘之 氏

世界に先駆けSiC半導体を開発

現在、世の中で主流となっているシリコンを使ったパワー半導体は、IGBT(絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ)での電力損失が大きいことが課題となってきました。そうした現状に革新をもたらすのが、SiCパワーデバイス技術です。

SiC(シリコンカーバイド)は、シリコン(Si)と炭素(C)が1:1で合成された化合物です。天然には存在せず、1823年に隕石の中から発見されました。最初は研磨材や耐火レンガとして使われてきましたが、1968年に私は半導体の材料として着目しました。SiCのバンドギャップ(禁制帯幅)、および絶縁破壊電界強度は、シリコンの約3倍。それだけ耐熱性、耐圧性に優れ、電力損失をシリコンパワー半導体の10分の1に抑えることができます。

世界でSiCの研究が活発になったのは1955年、オランダのLelyが、昇華法による高品質結晶作製法を開発したことがきっかけでした。それからアメリカやオランダ、イギリス、日本でもSiCを使った半導体を作ろうという動きが出てきて、1959年には第1回のSiC国際会議がアメリカで開かれました。しかしその頃にシリコンが登場し、世界中の企業が研究を止め、SiC研究はとん挫してしまいました。

私がSiCの研究に着手したのは、京都大学で助手として半導体材料研究中の1968年のことです。単結晶シリコン基板上にSiCの単結晶を形成しようと考えたものの、SiCとシリコンでは格子定数が20%も違うため、「そんなことは到底できない」、「クレイジーの極み」といわれました。科研費にも通らなかったため、まずはSiCを使った青色発光ダイオードの開発から始め、世界で初めて青色発光ダイオードを実現し、SiC青色LEDを実用化しました。

研究を始めてから13年経った1981年、単結晶Siの表面に低温バッファ層を形成することで、ついにシリコン単結晶基板上にSiC単結晶を成長させることに成功しました。実に忍耐の13年間でした。さらに1987年、結晶多形が揃った均一な超高品質単結晶のSiC薄膜が得られる手法を開発しました。なかなか均一な結晶を作れず悩んでいた時、セレンディピティとなったのは、学生の好奇心でした。この手法は、「ステップ制御エピタキシー法」として世界でその名が認定されています。

この手法を用いて、1995年にSiCショットキーダイオード(SBD)を開発。シリコンの研究者たちが驚くほどの性能を実現しました。残念ながら日本のメーカーではなくドイツのInfineon Technologies(インフィニオンテクノロジーズ)が関心を示し、2001年にSiC-SBDが商品化されています。京都大学では続いて、MOSFETを開発しました。日本では2010年、ロームがSiC-SBDの大量生産を開始し、続いてSiC-MOSFET、トレンチMOSFETを世界で初めて大量生産しています。

SiC半導体基板については1991年、アメリカのCree(クリー)社が直径1インチのウエハを初めて市販しました。それ以降は、直径6インチ(約150㎜)の時代が続きましたが、Wolfspeed(ウルフスピード)が世界最大級の直径8インチ(約200㎜)を提示し、現在では世界中でこれを追いかけ、200mmSiCウエハの大量生産を始めています。

国家プロジェクトで推進した実用化

SiCのショットキーダイオードやMOFETETと高い性能を実現してきましたが、課題は価格が高いことでした。SiCパワー半導体を普及させるには、国家プロジェクトとして企業が集まって開発を進めていくしかない。そう考えた私は、1998年から2002年にかけて、NEDOの「超低損失電力素子技術開発」プロジェクトに参画。2010年に「最先端研究開発(FIRST)」が始まって以降、国全体のレベルが飛躍的に向上し、社会実装が進みました。例えば、Si-IGBTとSiC-SBDのハイブリッドインバータを地下鉄の電車に用い、電力損失を38.3%も低減したのがその一つです。また高速エレベーターや燃料電池車にも搭載され、著しい電力損失低減を実現しています。最も嬉しかったのは、東海道新幹線N700S系に採用されたことでした。
そして2023年、これまでの研究が評価され、「2023 IEEE Edison Medal」の授与を受けました。

夢はSiCパワー半導体の白物家電への搭載

今後、SiCパワー半導体をどのように使いこなしていくかは、ユーザーである皆さん次第です。私の夢は、8インチのSiCウエハを使ったデバイスの実用化です。低価格化し、将来は白物家電に使われるようになってほしいと願っています。

SiCパワーデバイスは、2050年のカーボンニュートラル、地球温暖化防止にも寄与できるものです。京都の企業の方々にはそれを信じ、各分野でどう使うかをお考えいただきたいと思っています。

パネルティスカッション:「半導体産業の展望と京都の可能性」

・モデレータ   公益財団法人京都高度技術研究所 理事長         西本 清一 氏
・パネリスト   京都電気機器株式会社 代表取締役社長          小西 秀人 氏
サムコ株式会社 代表取締役会長 兼 CEO     辻 理 氏
株式会社SCREENホールディングス
代表取締役 取締役社長 最高経営責任者(CEO)  廣江 敏朗 氏

世界の半導体産業の動向は

西本:パネリストのお三方は、いずれも半導体メーカーのサプライチェーンの一角を担っておられます。まずは各々のお立場から世界の半導体産業の動向をどう見ておられるのかをお話しください。

廣江:当社は、半導体製造工程で用いられる洗浄装置で、世界トップシェアを持っています。半導体産業においては、足元では半導体メモリの市場が低迷している一方で、アクセラレータと呼ばれる半導体AIを中心としたサーバ需要は、CAGR(年平均成長率)が20%超える勢いで伸びています。またパワー半導体も堅調な推移を見せています。SiCと並んで、シリコンパワー半導体についても直径200㎜、300㎜のウエハを作ろうという動きが出てきて、関連設備への投資が増加しています。とりわけ半導体の国産化を目指す中国では、最先端のノードプロセスに関わる投資が増えています。需要が落ちているメモリも今年後半には需要が回復してくると見込んでおり、これらがマーケットを牽引していくかたちで、次の半導体ブームが到来すると見ています。

小西:廣江さんがおっしゃる通りで、私も同じ見解です。電源装置を製造している当社を巡る事業環境においては、ここ2、3年は電子部品の調達に苦慮してきました。また2025年頃からTIなどのアナログデバイスが入手しにくくなると予測し、今慎重に動向を見極めているところです。
当社にとってターニングポイントになったのは2017年のことでした。5G時代に突入し、高速化に対応した半導体が必要になるという話を聞き、他に先駆けてSiCを使った電源の開発を開始。「京都地域スーパークラスタープログラム」に参画し、積極的に研究開発を進めてきました。約5年を経た今、ようやく採用に結びつきつつあります。今後ますますパワー半導体の需要が伸びていくことが予測される中、それに対応し、生産戦略を練っていこうと考えています。

辻:当社の紹介をさせていただくと、当社は半導体製造装置を製造しています。私はもともと化学分析が専門でした。酸素と窒素に関心を持って研究していましたが、1970年代後半にアメリカに赴き、カリフォルニアにある研究所でプラズマや薄膜技術について研究。帰国後、大手電機メーカーから、プラズマを使った半導体薄膜製造装置(CVD)を作ってほしいという依頼を受け、開発しました。しかし当初日本では実績がないことを理由になかなか売れず、最初に注文してくれたのは、アメリカの企業でした。今振り返って、最も重要だと思うのは、「イノベーション」です。アメリカの企業が当社のCVD装置を買った理由は、世界に唯一無二の製品だったからに他なりません。今後もイノベーティブな製品を創る姿勢を何より大切に守り続けていくつもりです。

2030年に向けた開発の方向性

西本:半導体産業の動向を踏まえ、皆さんの会社はどのようなことに取り組んでいかれるのか、2030年を目安として計画をお話しください。

辻:これまでガリウムヒ素やSiCといった化合物を材料にした化合物半導体とシリコン半導体の製造領域は、棲み分けされていました。しかし今後、ICT分野でさらに高速性が要求されるようになる中で、それぞれの持ち場が接近してくる可能性があると考えています。異種のデバイスを組み合わせ、一つのチップで両方を処理できるようなデバイスも数年後には開発されると見ています。それらに対応できるよう研究開発を進めていく必要があると考えています。

小西:2030年には、当社が2世代先を見据えて開発を進めてきたSiC電源の事業化が実現し、高い収益を上げるようになっていると予測しています。当社の電源はSiCパワー半導体や3Dフラッシュメモリの3D-NAND、またCMOSセンサーなどさまざまなアプリケーションの製造装置に搭載されており、そのすべてが低迷する心配はないと見込んでいます。

廣江:2030年には通信分野では5Gの普及、自動運転EV車の登場、IoTによる工場の生産管理などが実現されているでしょう。半導体産業の市場規模は、2050年には約2倍になると予測されています。そうした状況を我々サプライチェーンも真剣に考えていく必要があります。市場が2倍になれば、その分の電力を賄えなくなるため、省エネが必要になります。また微細化、省コスト化も難しい課題になるでしょう。加えて省電力のキーワードとして、新たにチップレット技術が出てきており、これにも対応していく必要があります。こうしたエリアでまさに今技術革新が起こっているので、そこをどう攻略するか。当社においても重要戦略と位置づけています。しかし当社だけが発展しても半導体市場の拡大に対応できません。新技術開発に力を注ぐと同時に、サプライチェーン全体を大きくしていく、この2つが必要です。それに向け我々は生産力増強とさらなる技術開発を進めていこうと考えています。

京都の半導体産業振興に何が必要か

西本:世界のメジャーなパワー半導体メーカーは、今後のさらなるパワーエレクトロニクス分野の伸長を予測し、大きな投資をしています。日本でもある会社が近々2000億円規模の設備投資をすると伝えられています。それだけ半導体のニーズは高いということです。その中にあって、京都で今後半導体産業を振興していくには、どのようなところに注力すべきか、ご意見をお聞かせください。

小西:やはり京都が力を発揮できるのは「頭脳」の部分、つまり研究開発を強化していくことだと思います。2世代、3世代先の半導体に関わる材料や、製造装置の開発など先を見据えた開発に軸足を置いていくべきだと考えています。いずれ多種多様な半導体が必要とされる時代になれば、それに伴って周辺技術も必要になります。その中で大きな会社でなくても、優れた製品を作ることができる。そこになら京都のものづくりの強みを発揮できると思います。重要なのは、スピードです。スピードを上げないと、置いて行かかれるのは必至です。

廣江:京都には優秀な大学が数多くあり、特に理系分野を目指している学生が多いという特徴があります。産業界としては、この環境をもっと利用すべきではないでしょうか。例えばアメリカ・シリコンバレーにある当社の子会社は、開発課題をスタンフォード大学に相談し、共同研究を行っています。産業界に貢献するテーマを大学に提示し、資金を出して一緒に研究開発を進める。このように企業と大学がWin-Winの関係を構築できる環境が重要ではないかと私は考えています。大学と良好な関係を築き、互いに腹を割ってテーマを出し合い、協力することが、次世代SiC技術や微細化技術、チップレット技術などを創出につながっていくはずです。ベンチャー企業や学生さんにも参画していただき、企業と大学が手を握って開発を進められるエコシステムを京都に作っていただきたいと願っています。

辻:半導体は、すそ野の広い産業です。半導体製造装置分野は世界をリードしており、今後も盤石と見ています。加えて半導体材料についても日本の独断場です。懸念があるとすれば設計技術で、今後国策で技術開発を進め、一日も早く自国でできるようになる必要があります。
半導体産業を推進していく上で、京都ほど適した地域はありません。広い土地を必要としないことに加えて、京都には精密機械メーカーが多く揃っています。課題は、若い人材の育成です。これからの日本の半導体産業の成長を支えていく創造的な人材を教育・育成していくことが重要です。それが可能になれば、日本の半導体産業は今後20年、安泰だと確信しています。

西本:皆さんの発言から、伝統的な京都モデルともいうべき、大学を加えた産学連携のさらなる推進が重要であることを再認識しました。Society5.0時代の到来に向け、重要課題の一つは、物理空間を担うディバイスの小型化です。半導体においても小型化・高集積化が大きな付加価値になります。京都の近未来に向け、ぜひ産業構造の整備を進めていただきたいと思っています。本日はありがとうございました。

 

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