【対談】アートとテクノロジーの融合によるオープンイノベーションの可能性

開催日   2024年7月10日

内容

 

中村 啓次 氏

マクセル株式会社

代表取締役 取締役社長

上田 輝久 氏

公益財団法人京都産業21 理事長

株式会社島津製作所 代表取締役会長

アート&テクノロジー・ヴィレッジ京都(ATVK) 山下村長

 

 

 

アートとテクノロジーを融合するオープンイノベーション拠点が誕生

 

山下:アート&テクノロジー・ヴィレッジ京都(ATVK)は、アートとテクノロジーの融合によって、産業の創造と次世代を担う人材を育成する、国際的なオープンイノベーション拠点を目標に誕生しました。マクセルさんは、用地を無償で貸与してくださったことに加えて、2024年4月、企業サイトの入居第1号として、その名も「クセがあるスタジオ」をオープンされました。

 

中村:「常識にとらわれず、クセをかけあわせることで、新しい世界が生まれる」「マクセルの中心には、クセがある」という意味を込め、名称とロゴデザインを決めました。建物も、ATVKのコンセプトである「アートとテクノロジーの融和」を体現するような、遊び心のあるデザインにしています。

 

山下:建物内には、アーティストの作品を展示されていますね。

 

中村:当社では、次世代を担う若いアーティストやクリエイターを支援しようと、アート作品の展示や「クセがあるアワード:混」を開催しています。

 

山下:今春に行われた「クセがあるアワード」でも、予想を上回る応募があったとうかがいました。

 

中村:「混(まぜる)」をテーマに募集したところ、150作品を超える応募がありました。審査の結果、ファイナリストに選ばれた作品8点を8月6日から1カ月間、ここで展示する予定です。

 

山下:京都産業21は、ATVKの管理運営を担っています。理事長として最初にそれをお聞きになった時は、どう思われましたか。

 

上田:私が所属する島津製作所でも、近年、デザインの重要性を認識し、分析機器や医療機器などの製品のデザイン性向上に取り組んでいます。その中でアートとテクノロジーを融合する重要性を実感してきたので、産業21の理事長としてATVKの開設に違和感はありませんでした。

 

山下:貴社の基盤技術研究所のエントランスには、アーティストで情報学の研究者でもある土佐尚子氏の作品が飾られていますね。

 

上田:基盤技術研究所の新建屋のエントランスは「感動を呼ぶエントランスにしよう」と考え、京都大学の土佐先生に依頼しました。土佐先生も、芸術と科学の融合を重視され、当社とも共同研究を行っています。現在焦点を当てているのが、人の脳や感情を計測することです。土佐先生との共同研究では、土佐先生のアートの中でどのような作品が人をインスパイアするのかということを科学的なデータで裏付けようとしており、そのための「感性計測」に取り組んでいます。

 

 

ATVKを拠点に多様なオープンイノベーションが始まっている

 

山下:島津製作所さんと土佐先生の共同研究も、極めてオープンイノベーション的な試みだと思います。ATVKにおいても現在、私たちが当初想像した以上に、オープンイノベーションの具体的なプロジェクトが進行しています。例えば、島津製作所さんは、産学官で構成するATVKの活動の1つフェムテック部会にも参画し、フェムテックと人の「脳」を組み合わせた研究ができないかと検討していただいています。ATVKの入居企業である日本テレネットさんは、ATVK参画プロジェクトとして、京都大学との産学連携で、地域の高齢者の幸福度を指標化する研究を進めておられます。さらに今年5月には、マクセルさんの「クセがあるスタジオ」に京都大学客員教授の山川義徳先生を招き、「アートと認知症」をテーマにセミナーを開催していただきました。山川先生は、内閣府ImPACT山川プログラムで、脳の劣化状況の可視化を実現されています。マクセルさんは、こうした領域の事業可能性について、どう見ておられますか。

 

中村:マクセルは、指のタッピング運動を通して脳の状態がわかるツールを開発しており、2022年には長寿医療研究センターが弊社のツールを使用してMCI(軽度認知障害)者特有の運動パターンを抽出することに成功していますが、これを事業化するには、まだ障壁があると考えています。

 

 

ATVKを国際的な拠点にしていくには

 

山下:私たちは、今後、ATVKを国際的なオープンイノベーションの拠点にしていきたいと考えています。先日、世界的なコンサルティング会社の方々を本拠点にお招きし、今進行しているプロジェクトをご紹介しました。今後、彼らの持つネットワークからグローバルにコネクションを広げていけたらと期待しています。ATVKを国際的な拠点としていくために、ご要望やアドバイスはあるでしょうか。

 

中村:ATVKに隣接する京都本社には、海外からも多くのお客様や取引先が来訪されます。そうした方々に当社の歴史や技術を紹介するため、今年6月、社内に「マクセル テクノロジーギャラリー」をオープンしました。今後は、このギャラリーとともにATVKについても案内し、海外の企業の方々にアピールしていきたいと思います。

 

上田:私は、ATVKの認知度向上が課題の1つだと思うので、ATVKのコンセプトである「アートとテクノロジーの融合」をしっかり打ち出すことが重要だと考えています。当社でも、脳とこころの状態を計測し、認知症やうつ病といった疾患の予防や治療に役立てる研究を進めていますが、中村さんがおっしゃったように、研究成果の事業化には、多くの課題があります。ATVKが、そうした企業の課題をアートの視点から解決するヒントを提供できる拠点になれば、海外の企業も、「行ってみよう」と思ってくださるのではないでしょうか。

 

 

山下:ATVKの課題の1つは、認知度が低いことです。上田理事長のおっしゃるように、アートの持つ計り知れない可能性を、皆さんに感じていただく方策を考えていく必要があると思っています。そのチャンスの1つが、2025年大阪・関西万博です。世界中から関西、そして京都に来られる企業の方々に、ATVKに足を運んでいただきたい。そのために、例えば企業の資料館や記念館、そしてATVKを案内するビジネスツアーを企画することも考えています。島津製作所さんの創業記念資料館、マクセルさんのマクセル テクノロジーギャラリー、その他にも京都に拠点を置く企業がそれぞれ資料館を保有されています。それらとともにATVKをご案内するのも一策だと考えています。

 

上田:実は私たち自身も、他社の記念館や資料館がどこにあって、どのような展示をされているのかをあまりよく知りません。ATVKで、京都にあるすべての企業資料館の情報がわかるようにできれば、ATVKの価値も更に向上すると思います。

 

 

京都、ATVKが注力する医療・健康分野の可能性

 

山下:今後、日本、そして京都において発展が期待される産業分野の1つが、医療・健康分野だと考えています。マクセルさんは、医療・健康分野について取り組んでおられることはありますか。

 

中村:マクセルでは、「モビリティ」と「ICT/AI」、「人/社会インフラ」の3つの注力分野を掲げて、重点的に取り組んでいます。そのうちの「人/社会インフラ」分野は医療領域を包含しており、医療機器向けの一次電池、そのほか全固体電池などを成長事業として、伸ばしていこうとしています。

 

山下:京都府でも、これらの分野は有望なターゲットだと考えています。京都産業21としても、医療・健康分野におけるオープンイノベーションを加速していくために、お考えになっていることをお聞かせください。

 

上田:京都産業21、あるいは京都府で注力すべき重要テーマの1つは、医療・健康分野の中でも特に高齢者と子ども・乳幼児に関わる領域だと考えています。高齢化という視点ではいかに老化現象を遅らせるかが、今まさに最先端の研究テーマになっています。また乳幼児の疾患に関わる研究も非常に重要です。こうした研究に力を入れ、新たな製品や技術が創出された時には、京都産業21が支援している京都の中小企業が製造を担い、社会実装していく。そうした仕組みをつくれたらと考えています。

 

山下:ATVKの子どもの能力開発部会においては、地域における学年の枠を超えた交流が減少していることなどを踏まえながら、ダイバーシティの高いコミュニティーを作ることが、子どもたちの能力開発に繋がると考え、学校だけでは経験の出来ない子どもたちの交流環境作りを目指しています。具体的には障害の有無に関係なく楽しめるインクルーシブな音楽祭等の企画も練っています。同様にロボティクス部会では、先日、入居されるヘスタ大倉さんが理化学研究所の「空気を読むロボット」を住宅で活用できないか意見交換されました。ぜひマクセルさん、島津製作所さんにも応援していただけたら幸いです。

 

上田:ATVKにインクルーシブな環境を実現するためには、多様な分野の方々が集まることが重要です。京都産業21では、毎年、優れた技術を持つ京都府の中小企業を表彰する技術顕彰を開催しています。表彰を受けた企業のすばらしい技術をATVKで紹介するのも、1つだと思います。

 

山下:ぜひ今後も、さまざまなご指導やアイデアをいただきたいと思っています。本日はありがとうございました。

 

 

 

 

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